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ーーーー部活、大学、内定。全てを投げ出したことによって、得られたものとは。ーーーー

ゲストプロフィール

山下智也(ヤマシタ トモヤ)
1998年、兵庫県姫路市出身。高校生活までを地元姫路で過ごし、一年間の浪人を経て関西学院大学商学部に進学。ソフトテニス部や体育会の学生本部に所属したり、就活では内定も複数社獲得していたが、就職活動を通じて自分の「ありたい姿」ではなく、世間の「あるべき姿」を生きていると感じて、何かを変えないといけないと思い、部活動を辞め、内定も辞退し、大学も休学した。現在は知り合いの縁でリクルートで働いたり、旅やシェアハウスなどずっとやってみたかったことに取り組み、「自分らしく生きる」ことを追求している。

ーー中学時代までのことを教えてください

兵庫県姫路市で生まれ、家族構成は両親と私の三人家族です。父はいわゆる日系大手の会社員で、母はパートをしていました。放任主義というか自由な教育方針だったので好きなことをさせてもらったし、のびのびと生活していました。

小学生の頃は典型的なお喋りタイプで、クラスの中心的人物だったと思います。小学五年生の時に好きな女の子に誘われたという理由でソフトテニスクラブに入ったのですが、そこは全国でも有名な強いチームでした。気づいたら他の習い事(書道や水泳)はやめてテニスに没頭してました(笑)。

中学校に入っても部活動でテニスを続けました。一番の思い出は地区代表に選ばれ、県の選抜大会で優勝したことです。代表チームのキャプテンにも選ばれ、プレッシャーも感じていたのですが、そうした中で優勝できたことは、大きな成功体験となりました。

学校生活においては学級委員長や生徒会活動を通じてリーダーシップを発揮しました。中学校って結構ヤンキーみたいな人が多いじゃないですか(笑)。そういった人たちをいい意味で手なずけるというか、怒らせないようにしつつ、クラスや学校全体をまとめていくということは、苦労しましたがいい経験でした。

音楽サークルのライブでギターを弾くスミスさん。観客のいるライブに出演するほどの腕前だそう。

中学時代、県の団体戦で優勝したときの一枚。

ーー高校時代のことを教えてください

高校受験は、スポーツ推薦で進学するかかなり迷ったのですが、部活だけじゃなくて勉強もしようという気持ちもあって、地元の進学校を目指して勉強し、見事合格することができました。よく言えば賢明な判断かもしれませんが、テニスだけでやっていくことにビビっていたという面もあったと思います。

しかし順風満帆な中学時代とは違い、高校時代は文武両面で伸び悩みました。所属していたソフトテニス部はほぼ毎日朝から晩まで練習をするチームでした。たしかお盆休みも2日くらいしかなかったと思います。ただ中学生の時のような成績は残せず、苦しい時期が続きました。友人の支えや顧問の先生の指導もありなんとか最後までやり切ることはできました。

また入学当初は意気込んでいた勉強面も、伸び悩むというか気づいたら「していなかった」です。高校受験のころは合格という目標があったので努力できたのですが、入学後は目標がなくなったので、途端に何のために勉強するのかがわからなくなってしまったんです。完全に燃え尽きてしまいました。また心のどこかに過信もありました。「高校受験であんなに頑張れたし」「校内の成績は悪くても、進学校での成績だから全国的には上のほうだろう」という過信です。

もちろん現実は甘くなく、現役の大学入試では受験したすべての大学で不合格に終わりました。

音楽サークルのライブでギターを弾くスミスさん。観客のいるライブに出演するほどの腕前だそう。

高校時代。部活動では伸び悩む時期が続いた。

ーー現役での大学受験の失敗はどのような挫折や学びがありましたか?

受験した全大学に落ちたことによって、初めて「自分はバカなんだ」ということに正面から向き合うことになり、予備校に通い始めたばかりの春はなかなか現実を受け入れられず、勉強にも身が入りませんでした。先に大学生になった同級生が羨ましかったからです。

夏のある日、当初は国立大志望だったのを私立専願に変えるかどうかで迷い、高校時代のテニス部の顧問で自分の恩師でもある先生に相談に行きました。ところが、相談に行ったのに私はそこで先生からきつく叱られました(笑)。「自分の人生なんだから自分で考えろ」「自分で決めて死ぬ気で頑張れ」と。恩師からの言葉はとても重く、心を動かされ、私はこの日から火がつきました。毎日15時間勉強し、予備校では京大志望の努力家の友人と勉強や昼休みなどの時間を過ごしました。自分は影響を受けやすい性格なので、それを逆手にとって当たり前の行動基準値が高い人と時間を過ごすことで、日々刺激を得ていました。

最終的に目標としていた関関同立のうちの一つである関西学院大学の商学部に合格することができました。

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ーー大学生活のことを教えてください。

今は就活先の内定を辞退し、大学も休学して自分自身がやりたいことに熱中していますが、それ以前は今とは正反対の日々を送っていました。ソフトテニス部に所属して部活動に励み、体育会の部活動全体の運営などを行う「体育会学生本部」という大学組織の一員としても活躍していました。また就活も複数の会社から内定を獲得していました。傍から見ればそこそこ充実した大学生活のように見えるかもしれませんが、大学4年生の時に本質的な自分の弱さに気づきました。それは自分の意思決定の基準が肩書や人から認められるかどうかであったことでした。この意思決定の在り方を根本的に変えなければ、自分は今後も他人の評価に振り回される人生になってしまうという危機感を覚えたのです。

この気づきを得るにあたっては自分が浪人したことも一役買っています。なぜなら自分よりも一足早く就職して社会人になった同級生たちの話を聞けたからです。彼らの多くは仕事が楽しくないと言っており、仕事を辞めたという人もいました。何の軸も持たずに社会に出てしまえば間違いなく自分も同じような将来をたどるだろうと思いました。

こうした経緯で、何としても自分を変えなければという思いが重なり、一度すべてを手放すことにしました。

音楽サークルのライブでギターを弾くスミスさん。観客のいるライブに出演するほどの腕前だそう。

体育会学生本部のメンバーと。

ーー部活、大学、内定の全てを手放した後にはどういう変化がありましたか?

結論から言うと、この決断は間違っていませんでした。むしろもっと早く気づいていたらと後悔しているほどです。いろんな世界を知るために旅に時間を費やしたり、今興味を持っているコーチングやビジネスについて学んだりと、自分の心の声に正直に生きることができています。またこれまでとは180度違う生き方をしているので人間関係も一新され、旅先でこれまで関わることのなかった経営者やフリーランスの方などとも出会うことができ価値観が大きく広がりました。

人生というものは何事も経験しなければ始まりません。あらゆる意思決定の基礎となるのはやはり過去の経験にほかならないし、自分の本当にやりたいことも経験を通じて徐々に明確化していくものだと思います。そのためにも他人の評価ではなく、自分の心に素直に行動して様々な経験を積み重ねることが必要不可欠だと今は確信しています。

コーチング・・・コミュニケーションを通じて相手の内面や価値観を言語化し、相手の目標達成に向けた行動を促す手法。

音楽サークルのライブでギターを弾くスミスさん。観客のいるライブに出演するほどの腕前だそう。

日本一周中の友達と、漁船ヒッチハイクに失敗したときの写真。

ーーどんな人生にしたいか、そして将来の夢を教えてください。

「自分の色」を表現する生き方をしたいと思っています。個人的に、自分には「適当に見えて実は真面目」という色があると思っています。この色を大切にし、「山下ってああいう人間だよね」って言われるようになりたいです。なぜならそういう人は自分の個性がはっきりしている人だからです。

いろいろ考えた末、今後は一度就職しようという結論に至りました。いまリクルートで働かせてもらっており、リクルートの現場主義的な面や自由な気風に惹かれたのでぜひそのまま就職までしたいと思っています。しかしゆくゆくは独立します。具体的にはカフェやゲストハウスの経営、また自分の個性を生かせる人を育てる学校のようなものもつくりたいと思っています。

ーー山下さんにとって大学とは。

自分のやりたいこと、生き方を見つけるために自由に使える4年間だと思います。また、「大学生」という肩書きも非常に貴重だと思います。なぜなら大学生というだけで、大人が無条件に応援してくれたり、手を貸してくれることがあるからです。これは社会人になってからではできないことだと思います。

音楽サークルのライブでギターを弾くスミスさん。観客のいるライブに出演するほどの腕前だそう。

短期のフィリピン留学時の写真。

ーー山下さんにとって人生とは。

ゲームですかね。ルールはシンプルで、主人公は自分。生きてる間は何をしてもいい。死んだらゲームオーバーです。やりたいことをやればやるほどこのゲームは面白くなります。

そしてゲームにおいて一番楽しいところって案外ピンチや困難が立ちはだかった時だったりしますよね。これは人生においても同じことがいえると思います。

音楽サークルのライブでギターを弾くスミスさん。観客のいるライブに出演するほどの腕前だそう。

オンラインでインタビューを受けていただきました!

みなさんはこの記事を読んでどう感じましたか?

意思決定の仕方には、人それぞれの「癖」のようなものがあるのかもしれません。山下さんは「人に認められるかどうか」を考える癖があったということに大学4年時に気づき、この癖を改めるためにそれまでの活動や所属を手放し、生き方をがらりと変えました。それ以前の山下さんは「あるべき姿」を生きていたのが、「ありたい姿」を追求する確固たる一人の人間に生まれ変わったのだと思います。

みなさんはどういった意思決定をしていますか?そしてその「癖」は自分にとって良いものでしょうか?それとも良くないものでしょうか?改めて考えてみる価値があると思います。