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ーーーー人生は「多少狙っているくらいの成り行き」ーーーー

ゲストプロフィール

鈴木遼 (スズキリョウ)
1990年神戸生まれ。幼少期に練馬区に引っ越し地元の小学校に進む。中学受験をし國學院大學久我山中学、高校に進学。1年間の浪人生活を経て早稲田大学教育学部に入学。大学時代から作家の仕事に携わり、現在は「ヒルナンデス!」の構成をはじめ、テレビ、ラジオ、youtube等、放送作家として幅広く活動する。

ーー高校時代までを教えてください。

音楽サークルのライブでギターを弾くスミスさん。観客のいるライブに出演するほどの腕前だそう。

神戸で生まれた後、練馬で両親と妹と暮らしました。公立小学校の中では運動も勉強も人並みにできる方だったので、地元のお調子者といった感じでした。当時からジャンルを問わずテレビはよく見ていました。まだ学校に「昨日のテレビ番組について友達と話す」文化も残っていましたしね。母が教育ママみたいなところがあり、私が小2のころに漢字テストでひどい点をとったことがきっかけで塾に入りました。あまり意識はしていませんでしたが、その流れで中学受験をすることになりました。

中学は國學院の中高一貫校に進学しました。男女別学で授業は男子だけだったので、教室は男子校のノリでしたね。中1,2の時は男だけの環境がとても楽しかったのですが、中3くらいから異性が気になりだし、この男だけの環境があと3年近く続くのか。。。と思いましたね(笑)。ですが大学に行ってから当時のことを思い出すと、男子だけの空間が楽しかったなと感じます。

部活はサッカー部に入りました。小学校からサッカーを続けていましたし、仲の良い友人もサッカー部に入ったので、その流れで入部しました。ですが周りには本当に上手い人が多く、彼らは目標を高く持って練習していた一方、私の実力は3軍くらいで、友達がいたから適当にやるといった感じでした。楽しかったのはサッカー部のやつと芝生で野球をすることでしたし(笑)。文化祭にも真面目に参加しませんでしたね。自分も含めて斜に構えていたやつが多かったです。3日前くらいからようやく準備をする具合でしたし、他校の女の子も来ませんでした。勉強も全くせず、学年の中の下くらいでしたね。さえない中学時代でした。当時はまだ将来作家になるとは考えていませんでした。芸人さんをみてかっこいいなと思ってはいましたが、実際にその世界に入るとは想像していませんでした。

音楽サークルのライブでギターを弾くスミスさん。観客のいるライブに出演するほどの腕前だそう。

高校時代の写真です

高校は内部進学でそのまま久我山高校に進学しました。このタイミングで外部からも入学してくる生徒がいるのですが、共学の公立中学校を卒業してきた彼らと比較し、自分の芋っぽさに気づきました。また部活の人数も増え練習もより厳しくなり、ますます「なんでサッカーやっているんだろう」と思うようになりました。今思うと、本当に当時の自分は思考が停止していたなと思います。早めにサッカー部をやめて他の部活に切り替えるとかもできたのに、仲の良い友人がいるという理由だけで中学から長くサッカー部に身を置いていました。結局、高2の冬くらいになってサッカー部を辞める決断をしました。この時も「辞めたい友達と結託しつつも、一気に辞めると顧問に先生に怒られそうだから、時期を少しずつずらしながら退部届を出しに行く」とかさえない男子高校生ノリをやっていました。サッカーは今でも大好きですけど、辞めた後はとても気持ちよかったですね。なんでもっと早く辞めなかったんだろうと思いました。自分に向いていないものは早めに辞めるべきだと思いますよ。

ーー大学進学先はどのようにして決めましたか?

下手すぎるからやめるのは恰好つかないので、「受験勉強に専念する」という大義名分のもとで部活をやめたということもあり、高3から塾には行き始めました。ですが一向に頭はよくならなかったですね。現役で受かった大学もあったんですけど、キャンパスが遠くて、浪人を決意しました。そのときあたりに母と大喧嘩し、浪人期間は母とはほとんど口をきいていませんでしたね。母を見返したいというような思いもあり、この1年間は1日13時間くらい必死に勉強しました。今思えば大したことはないのですが、当時は、周りは大学生になっていてとても遅れをとっているような感じがしましたし、集中が切れたり勉強のペースが乱れたこともありましたが、最終的には早稲田大学の教育学部に進学できました。

ーー大学生活は何をしていましたか?

大学に入って最初の2年間くらいは、サークルに入りバイトもする普通の大学生をしていました。大学に入って久々に女子と話し、中高6年間の男子校生活から環境が大きく変わり、びっくりしちゃいました。そしてその女の子に誘われるがままにキャンプサークルに入りました笑。ちなみにその女の子には、自分の20歳の誕生日(8/15)に告白して振られ、気まずすぎてそのキャンプサークルを辞めました。終戦記念日です(笑)。

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放送作家という職業は大学2年くらいから意識し始めました。これまで通りいわゆるエンジョイ大学生活を送り、いわゆるみんなが知っている会社に就職するという人生が楽しいのかな?と疑問を感じるようになり、自分のやりたいことを考えたとき、小さいときからテレビが好きということがあって、放送作家という仕事が浮かんで、塾講師と沖縄料理屋のバイトでためたお金で、全10回くらいの放送作家を目指す人向けの芸能事務所がやっているスクールに通いました。

スクールに通い始めて少しした頃から徐々に大学には行かなくなりました。だんだんと仕事をもらえるようになり、大人の人と交流できる作家の方が魅力的に思えたんです。仕事自体も楽しかったので、結局就職活動もしませんでした。留年を重ね、最終的には8年間も大学に在籍していましたね。途中で休学や退学も考えましたが、亡くなった祖父が自分が早稲田に入ったことをとても喜んでくれており、卒業しないと罰あたるかなと思ったので、なんとか卒業しました。今でも「もしかしたら卒業の単位数足りてないんじゃないか?」みたいな夢をたまに見ます(笑)。

ーーはじめはどのようなお仕事をしていたのですか?

音楽サークルのライブでギターを弾くスミスさん。観客のいるライブに出演するほどの腕前だそう。

「アオハル(青春)TV」の初回収録の際の写真です

通っていたスクールの講師の一人が、ラジオのお手伝いの紹介をしてくれたので、そこに行くようになりました。お金はもらえませんでしたが、トレンドをリサーチするようなお仕事をさせてもらいました。その後、今度はテレビ番組のリサーチをさせてもらうようになりました。最初は知り合いとかも全くいなかったのですが、初めて会ったテレビ局の人が結構呼んでくれて、「吉木りさに怒られたい」という番組がネットで話題になり、それ以降知り合いとかも増えるようになりましたね。今担当している番組も、若いときに一緒に仕事をしていた同世代の人やお世話になっている先輩にお誘いして頂いたものばっかりです!

仕事のモチベーションとしては、最初のうちは「何でもやらせてください!」といった感じでスタートして、今もその気持ちに変わりないんですけど、今は「誰とやりたいか」も重要になりました。もちろん「何をやるか」も大事ですが、やりたい企画はたくさんあるけど、実現するのはほんの数%なので、「誰とやるか」で考えたほうが仕事をしていても楽しいですね。自分はフリーランスの身なので、嫌な上司や同僚と一緒になったら、他のサラリーマンの方に比べて辞めやすいんですよ。もちろん辞めたことでその後のお仕事がもらいづらくなるといったリスクはありますが、嫌なことをやるためにこの道を選んだわけではないので、頑張れるところで頑張ればよいのかなと思います。以前担当した「アオハル(青春)TV」という番組も、近い世代の作家さんと面白いものをつくれたという意味で「こんなに楽しいことがあるんだ!」と価値観が変わりました。

ーー現在はどのようなお仕事をなさっているのですか?

今(11月中旬)はレギュラーに加え、年末特番などの会議があるので1日に5〜7個リモート会議している感じです。そこで企画案などを考えたりしています。担当のyoutubeのチャンネルの企画、台本、サムネイルについても話し合っていますね。面白い案がなかなか出なくてつらい、といったことはよくありますが、それでも精神的にきついといったことはそこまでありません。この仕事しかやったことがないため、本当に放送作家が自分に合っているのかはわかりませんが、楽しいですし辞める理由はないので続けています。

ーー今後の進路はどうされますか?また、どんな人生にしていきたいですか?

最近ではamazonやNetflixなども台頭し、外国との距離も以前より近いので、海外のコンテンツに携わってみたいとは思いますね。あとは、昔私が小さいときにやっていたように、「次の日子どもたちがその話をしている」ような番組をつくりたいですね。今は昔よりもテレビ以外にも面白いコンテンツが増えているのでより難しくなってきてはいますが、それでも若い人たちが熱狂できるような番組をつくりたいです。

これまでも成り行きで生きてきたような人生ですが、今後も「なんとなくこんな感じになるだろうな」の範囲内で生きていきたいですね。人生プランがガチガチに固まっていてもつまらないかなと思います。

ーーこれまでの人生でやって良かったことや、やっておけばよかったことはありますか?また、読者に向けてアドバイス等はありますか?

就活をしない、という選択をしたのは良かったと思います。ビビッて安定した世界に行きたくなったりしやすい性格の自分ですが、そこの決断をできたのはよかったと思います。後悔も全くありません。

一方で自分も食わず嫌いをしているたちだな、と思うので、面白くないでしょと思うことでも一度やってみることをお勧めします。実際自分も、大学の終わりころにスノボやっても面白かったし、最近ゴルフを始めたら楽しいし、知らないで面白いことは山ほどあるなと。つまらなかったらそのあとで批判すればいいんで。後は楽しそうに生きていた方が得することが多いと思います。暗く考えるのではなく、つらい状況も面白がることが良いと思います。ものがどうこうというよりも、自分の心の持ちようのほうが大事だと思います。

ーー鈴木さんにとって、大学とは何ですか?

「悩んでいる人たちの集まり」なんじゃないでしょうか。やりたいことが決まっている人間は大学なんか行ってないと思います。ただそれでも大学には行って損はないと思います。大学での経験は大人になってからも様々な人と共有できますし、今でも関わりのある友人もいますしね。日本の大学は「入るのがゴール」みたいな風潮があるからこそ、楽しい感じもします。

ーー最後に、鈴木さんにとって人生とは何ですか?

成り行きですね。多少狙っているくらいの成り行きです。大まかな方向性を決めた後は成り行きだと思います。「明日どうなるかわかんない」くらいの方が人生は楽しいと思います。

音楽サークルのライブでギターを弾くスミスさん。観客のいるライブに出演するほどの腕前だそう。

オンラインでインタビューを受けていただきました!

皆さんはこの記事を読んでどう感じましたか?

鈴木さんは、高校時代は周りに流されてしまっていましたが、いわゆる典型的な進路に疑問を感じ、放送作家の世界に入りました。また、「自分に向いていないものは早めにやめるべき」とおっしゃるのも、その考えの裏には「人生は成り行き」という思いがあるからなのかもしれないと感じました。