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ーーーー「命一つでも、3つや4つの人生を歩み出す。」ーーーー

ゲストプロフィール

谷口典明(タニグチノリアキ)
兵庫県神戸市出身。幼少期を青森県で過ごし、小学校から高校までを神戸で過ごす。その後九州大学に進学し、オーストラリアへの留学やボツワナへのインターンを経験。現在は、九州大学大学院工学府でレアアースの研究をしながら、ボディービルダーとしての生活を送っている。

ーー中学時代までを教えてください。

今もそうですが、子供の頃はとにかく目立ちたがり屋でした(笑)「友達と遊ぶのがすべて」という感じで、幼稚園が始まる前に友達とレゴや車のおもちゃで遊んだりしていました。小学校でもすぐに友達ができ、野球やサッカーをして毎日遊んでいました。中学でも変わらず遊ぶことが楽しいという感じでした。

4つ上に姉がいて、今ではお互い良い年なので仲がいいのですが、昔は取っ組み合いの喧嘩をしていました。恥ずかしい話ですが、一度姉の歯が欠けるくらい殴ったこともありましたね(笑)今では落ち着いて、両親にどのように親孝行をするか話し合ったりしています。

ーー中学時代について教えてください。

その頃もまだ目立ちたがりで、中学3年生の時には生徒会長をしていました。学校の顔になりたいという気持ちがあって、周りから煽てられたこともあり、僕も調子に乗って「おし!やったるわ」と思っていました。

中学時代にもう一つ打ち込んでいたのがサッカーでした。中学校では、部活ではなく、神戸のクラブチームのサッカーで活動していました。チーム所属前は、やんちゃで礼儀を知らない子供だったのですが、コーチに「まずは立派な人間であれ」と教えられ、人間性を叩きこまれました。これが後のストイックさにもつながっているのかなと思います。サッカーの練習には欠かさず行っていて、勉強そっちのけでサッカーに打ち込んでいました。しかし、中学2年生の途中から高校進学を意識し始め、塾にもちゃんと通い、勉強とスポーツの2つの軸で歩みだすようになりました。これが現在の自分の人生観にも紐づく出来事だったと思います。

中学校入学まではずっと遊んでいましたが、サッカーに出会い、一生懸命に取り組むことができ、その後中学2年生の終わり頃から勉強と両立していく中で、やりたいことよりも、やるべきことがあるやろというメンタリティになり、ストイックになったんだと思います。

当時、遊ぶことよりもサッカーをすることが一番の楽しみだったんですよね。ただ遊ぶだけではなくサッカーの試合を好むようになりました。その頃から自分の人生も何か高い目標を持って、努力をして、時に負けることがあっても最後には勝つことができる、やりがいのある人生を好むようになったんだと思います。

ーー高校入学について教えてください。

兵庫県立長田高校という公立高校に進学しました。兵庫県の公立ではトップで、父親も姉も同じ高校だったため、自然と自分もそこに進学するのかなと思っていました。ただ学力的に厳しかったので中学2年生から一生懸命勉強をしました。

ーー高校時代について教えてください。

音楽サークルのライブでギターを弾くスミスさん。観客のいるライブに出演するほどの腕前だそう。

高校3年間は勉強そっちのけで部活のサッカーに取り組みました。授業でも、最低限の課題だけ出して、世界史など文系教科では全部寝てしまっていたり、テストの順位も低かったです。ずっとサッカーの練習をしていて、たまにある休みも部活の友達と遊んでいたので、部活外の他の人との関わりはなかったくらいです。しかし、高校2年生になると、中学校と同じパターンで、また大学受験を意識し始め、勉強し始めました。

ーー大学受験について教えてください。

やはり関西の高校ということもあり、高校が京阪神を押し出していたこともあり、ぼんやりと国公立に入るのかなと思っていました。しかし、母方の実家が佐賀県にあったこと、九州が良いところだったこと、厳しい親のもと育った反動で一人暮らしができるだろうなという思いがあったことから、九州大学も選択肢に入れていました。そして資源という世界を飛び回り、ダイナミックに働けるフィールドに興味があり、だんだんと大学で資源を扱う、九州大学の工学部しか見えないようになっていました。

実は高校のサッカーでは冬に選手権があるので、レギュラーメンバーは高校3年生の11月までサッカーをして、残りの4ヶ月で受験勉強をするんです。僕は高校2年生の3月あたりから、勉強にも取り組むようになり、部活と両立をして引退まで取り組んでいました。自分の代がめちゃくちゃ強くて、滝川第二高校などと戦えるようなチームで、自分ももうちょっとでレギュラーになれるというところ、高校2年生の冬で大きな怪我をしてしまい、リハビリで出遅れて泣く泣く9月に引退しました。後悔しかなく、今までの人生で最大の挫折ですが、自分の同期が頑張ってくれるという気持ちでしたね。怪我のため早めに引退した後は、半年間周りとの関係を断ち切って一日10時間ほど勉強していました。「ここで失敗したら人生終わりや」と思っていて、今振り返っても「あのときおかしかったな」と思っています。ただ、サッカー部員が全員引退後に受験勉強へ切り替えられられるかというとそうではなく、案の定うまくいかないという選手もいました。

そんな中自分がストイックでいられたのは、親の影響と負けず嫌いだったということが影響していると思います。サッカーをしていたときも「やるなら一番になれよ」と父親に言われていたので、その親にかっこわるいところ見せられないなと思っていました。さらに根底は負けず嫌いなので、それが良い方向に作用したなと思っています。

自分の場合は、高校2年生まで授業も寝ているしテストの点も低く、スタートが低かったこともあり、こんな奴が国立受かるのかという感じでした。しかし、サッカーにうち込んでいた時間を勉強につぎ込んでいくうちに、点数がとれるようになり、センター試験や模試などでも良い結果が出たので、受験期間は特に挫折はなく前に進んでいました。自分は賢いとは言えないのですが、自分に不足している部分を見て、今日やると決めたタスクを行い、周りを頼るという、ガムシャラではなく計画的で賢い努力ができたのがよかったんだと思います。

もちろん、受かった時はめちゃくちゃ嬉しかったです。「合格」の2文字でしか報われないなという気持ちがあったので、携帯で合格を知ったときには泣き叫びましたね。普段喧嘩しかしていなかった姉に褒められたり、厳格で、普段は感情をあまり見せない父から何度も電話がかかってきていて、受かったときには「よかったな」と言ってくれました。

ーー大学時代について教えてください。

音楽サークルのライブでギターを弾くスミスさん。観客のいるライブに出演するほどの腕前だそう。

大学生活の最初の2年間は学生寮で留学生と共同生活をしていました。やはり共用の冷蔵庫やキッチンを使っていたので、集団生活は大変だなと思うところもありましたね。他にも入学して体育会のサッカー部に入っていたのですが、自分はばちばちにやりたいのに、やはり高校と大学のサッカー部では熱量が違うと感じてしまいました。このままサッカーだけ続けていていいのかと疑問にも感じましたね。そんなタイミングで夏休みにオーストラリアのブリスベンに2ヶ月間留学しました。留学先では、大きな話でいえば世界を知りました。ホストファミリーと喋って外国の人ってこういう生活をしているのかということを知ったり、学校の授業に出て家族を養うために勉強している人の存在を知ったり、とても視野が広がった経験でした。さらに、ホストファミリーにムキムキの人がいたので、一緒にジムに通い始めました。もともと筋肉がつきやすい体質だったこともあり、そこから身体を大きくしたいな、ごつくなったらいいなあと考え始めました。夏休みを終え留学から帰ってくると、ふと魔がさして、11月には大学のサッカー部をやめました。そこで新たなことを始めようと思いボディビルを始めたんです。と言っても、最初からボディビルをしようと思ったわけではありません。実は運命的な出会いがあったんです。最初は筋トレだけを行うつもりで、留学後は週5でジムに通い筋トレをしていました。すると、そこのオーナーさんがボディビルの九州チャンピオンで、体が劇的に成長していたため、ボディビルをやらないかと声をかけてもらい、そこから自分も目の色を変えて練習しはじめました。

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音楽サークルのライブでギターを弾くスミスさん。観客のいるライブに出演するほどの腕前だそう。

ボディビルに挑戦してみようと思った当時、自分の生活はボディビル6割、バイト3割、勉強1割という感じでした(笑)ボディビルの大会は、スポーツモデル、フィジーク、ボディビルの3カテゴリがあり、自分は大学3年生の夏に選手としてスポーツモデルの大会に出ました。そして大学4年生から本格的にボディビルの大会に出始めました。

ーーボディビルで学んだことについて教えてください。

音楽サークルのライブでギターを弾くスミスさん。観客のいるライブに出演するほどの腕前だそう。

ボディビルの大会では様々なムキムキの人がくるんです。とび職の兄ちゃんや、どっかのサラリーマンや、おじさんや、自分のような学生。本当に全人口から無作為に抽出した100人みたいな人が集められるんです。今まで自分が関わったことがないような人たちもたくさんいますが、その場にいる全員、体を見るとみんな努力していることがわかります。そういう人たちを見て、みんな自分とは異なる境遇の人たちばかりだけど、メンタルがしっかりしているんだな、すごいなと思います。やはり食事制限などをしないと体はできないんです。その人の体を見るだけでその人の人格がわかる。とても楽しいですよ。

ーーボディビルダーとしてのロールモデルは誰ですか?

自分がなりたい体を持っているのは、相澤隼人さんや嶋田慶太さんという選手です。ただ、生き様などを含めこうなりたいというロールモデルはいません。というのも、今後自分はバリバリ働きながらボディビルダーとしてもがっちり頑張るという2つの軸でやっていくつもりで、この2つを満たしたロールモデルにはまだ出会えていません。やはり自分はボディビルダーとしてもビジネスマンとしても一流になりたいのですが、どちらもトップという人はなかなかいないんです。

ーー今後の進路について教えてください。

まずは就職先が決まっているので、そこに入社します。会社でも石炭や鉄鉱石の資源を扱うのですが、研究職や技術職ではないので、より俯瞰した視野で資源を安定的に供給させることで、次世代にまでも社会貢献をしたいなと思っています。ただ、その先ですよね。

自分は身体一つ、命一つですが、多種多様な経験をして、色々な人生を歩みたいと思っています。色々な顔を持つということですね。今のキャパシティとしては2つが限界ですが、これからは3つや4つの人生を歩み出したいと思っています。人生一度きりなら、やりたいものは全部やろうと、人生何回分も楽しんでやろうと思っています。

ーー将来の夢について教えてください。

音楽サークルのライブでギターを弾くスミスさん。観客のいるライブに出演するほどの腕前だそう。

まずはボディビルダーとして全国優勝を目指します。そして、世界中に名前を轟かせるような影響力をもったビジネスマンになりたいです。また、それとは別にYoutubeを始めてみたいなと思っています。商社マンボディビルダーとして、どのような生活を送っているかなどの内容が、需要があると思うんです。今の将来の夢はこのような感じですが、時代が変わればやりたいことも増えていくと思うので、時代に身を任せて、チャンスが来た時に掴み取って、身を投じたいと思います。

ーーやってよかったことはありますか?

音楽サークルのライブでギターを弾くスミスさん。観客のいるライブに出演するほどの腕前だそう。

複数でも大丈夫ですか!?まずは絶対サッカーとボディビルですね。あと、今は就活支援のメンターと九州商社会の代表をさせていただいています。この4つはやっていて良かったなと思っています。それから、留学。あ、やばい!キリがない(笑)

ちょっと優先順位をつけると、一つ目にサッカー、二つ目にボディービル、三つ目に海外経験ですかね。自分は留学だけではなくて、ボツワナにインターンに行ったこともあり、その時に資源でこの人たちの生活を豊かにしたいと思ったからですね。

ーーやっておけばよかったことはありますか?

一人旅や海外バックパックなど、行ける時に行っておけば良かったなと思いますね。あとは節約ですね、収入がある分全部使ってしまうので(笑)節約の術を学んでおけば良かったなと思いますね。

ーー読者に向けてアドバイスをお願いします。

音楽サークルのライブでギターを弾くスミスさん。観客のいるライブに出演するほどの腕前だそう。

人生一度きりなら、だらだらとなんとなく生きるのではなくて、しっかり明確に成しとげたいこと、夢を持って生きて欲しいと思います。小さいときって、パティシエやサッカー選手など、みんな何らかの夢があったと思うんです。でも現実を見て、大学生になって就活をするときに「したいことがない」という状態になってしまっている。人生において、自分の夢とミッションをしっかり持って、本気で生きて最高の人生を歩んで欲しいなと思います。真冬で寒いと思うのですが、自分はめちゃくちゃ暑いんで(笑)自分もまだまだ大したことはないのですが、そうやって自分が生きてきて、大事だなと思ったので、読者の方に伝われば嬉しいです。

ーーあなたにとって大学とは?

人生を考える場所ですね。これまでは先生がいて、親がいて、助けてくれる人がいる。大学生になって一成人となると、人生に教科書なんてないし、自分でエンジンをつけて頑張るしかない。そんな人生について考える場所が大学かなと思います。

ーーあなたにとって人生とは?

音楽サークルのライブでギターを弾くスミスさん。観客のいるライブに出演するほどの腕前だそう。

あこがれを叶える時間です。もちろん成長し続けたいし学び続けたいと思うのですが、自分で本能的に「こんなことしたい!」という憧れを叶えたいです。キングダムで言う天下の大将軍的なところですよね。サッカー選手やパティシエになりたいだとか、本来はみんな憧れがあると思うんです。現実を見つつ、現実に流されず、自分が抱いている憧れがあれば、それを追い求める人生でありたいなと思います。

皆さんはこの記事を読んでどう感じましたか?

サッカーと受験勉強、ボディビルとビジネス。自分が追い求めたい憧れが2つの道に別れた時、どちらかを諦めるのではなく、両方追い求めるという谷口さん。そんな谷口さんの、現状に満足せず憧れを追い続ける情熱や、謙虚な人柄があってこそ、一回きりの人生で2人分や3人分の人生を歩むことができるのではないでしょうか。