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ーーーー転職・起業で環境が変わっても、常に山本さんの中にある想いとはーーーー

ゲストプロフィール

山本大策(ヤマモトダイサク)
1978年広島県福山市に生まれる。高校時代までを地元ですごしたのち、法政大学社会学部に進学。卒業後はみずほ情報総研株式会社に就職するも、5年後にはベンチャー企業に転職。リクルートメディアコミュニケーションズ在籍時に、知らない人と気軽にお茶をする機会を提供する「CoffeeMeeting」を開発し、自らも株式会社「レレレ」を立ち上げる。会社設立後には自分の時間をチケットとして販売する「TimeTicket」を展開。2020年からエッグフォワードに在籍し、Chief Innovation Officerとして現在も新規サービスの開発を続ける。

ーー高校時代までを教えてください。

音楽サークルのライブでギターを弾くスミスさん。観客のいるライブに出演するほどの腕前だそう。

地元のテレビに素人漫才師として出演したこともありました!

広島県福山市で生まれ、高校卒業までを地元ですごしました。母が友達などを家にたくさん呼ぶような人だったので、小学生の時は友達とたくさん遊んでいました。ゲームとかもしていたのですが、それに飽きてくると遊びを自分で考えるといったようなこともしていましたね。しかし中学生になると人間関係も変化していって、自分の周りにあまり人が集まらなくなりました(笑)。ヤンキーもいるような学校だったので目立たないようにおとなしくしていましたね。高校では中学時代の反省を踏まえ、いろいろ工夫してみました。人と違うことをする人という印象をもってもらえると、それが面白いか否かは関係なく、「何かみんなのためにやろうとしているな」と思ってもらえるので、新しい人間関係でも受け入れてもらえやすかったりします。中でも、生徒会活動や文化祭の運営に力を入れていました。文化祭では漫才とかコントもしましたよ。当時からあまり人のまねをせずにオリジナルでやりたいという気持ちは持っていましたね。たくさんの人が楽しんでもらえる企画・場所をつくろうと頑張っていました。

ーー大学時代はどうでしたか。

高校卒業後は法政大学社会学部に進学しました。当時はマスメディアにかかわる仕事がしたいと考えており、それにつながるマスコミ論などを学べるということで進路を決定しました。とりあえず東京に出たいという思いもあり、東京に行くと人生が変わる、と信じてもいましたね。でも実際は東京に行っても、そう簡単に自分と趣味などが合うような人がすぐ見つかるわけではなく、難しいなと。高校時代の反動からか、人間関係もあまり広げようとはせずサークルにも入っていませんでした。今思うと人からの見られ方を気にしすぎていたのかもしれません。いわゆる「尖っている」のが良いみたいな。全部逆張りで少数派がかっこいいと思っていたらいつの間にか一人になっていました(笑)。勉強のほうも、希望していたマスコミを扱うゼミにも入れず、今につながることや将来を考えた活動はあまりできていませんでしたね。けっこう後悔しています。

就活も苦労しました。就職氷河期にぶつかり、テレビ局は軒並み落ちるなどとても大変でした。就活する時になって初めて「なんかやっておけばよかった」と思ったのですが時すでに遅し。でも面接を通して、なんでもない話を起承転結をつけて面白く、でも嘘はつかず仕上げる能力が身に付きました。またこれは就活の後半でようやく気付いたのですが、就活で大事なのは相手の要求しているところに自らを合わせ、自分を売り出していくことです。高校時代の文化祭での出し物のような「自分のやりたい企画が誰かに楽しんでもらえたらよい」という考えではなく、「世の中のニーズと自分のやりたいことのニーズの掛け合わせ」が重要です。これは今のマーケティングの考え方にも通じているかもしれません。最終的には、システム開発系の募集が多くあったので、当時の富士総合研究所(現みずほ情報総合研究所)にシステムエンジニアとして就職しました。

ーー就職後のことについて教えてください

システムエンジニアとして就職したのですが、実際の仕事は銀行の人と開発の人の仲介みたいなもので、自分の企画力は全く必要ではありませんでした。苦ではありませんでしたが、決して楽しいものではなかったですね。一方でインターネットは好きだったので、サーバーを立ててブログを書くといったことはやっており、mixiなども発達してきた時代で「こんなものを作ってみたい」と感じるようになりました。プログラミングは独学をしていたので、インターネットを用いて高校生の時自分が意識していた「自分で考えた場に人が集まる」ということを実現できそうだと感じました。そこで就職してから5年後にベンチャー企業に転職しました。

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ーー転職後のことを教えてください。

音楽サークルのライブでギターを弾くスミスさん。観客のいるライブに出演するほどの腕前だそう。

転職先は、自社サービスを展開・販売をしている会社でとても面白かったです。Webエンジニアとして活動しており、自分の作ったものが誰かに認められるということがとても楽しかった。頻繁に開発コンテストに応募し、賞金をもらえることもありました。そのまま開発を続け、リクルート主催のコンテストに出場したということもあり、その関連会社への転職が決まりました。

音楽サークルのライブでギターを弾くスミスさん。観客のいるライブに出演するほどの腕前だそう。

当時、自分は会社以外での活動にも力を入れており、個人的に趣味でサービスを開発し、Twitterで告知するということも行っていました。その一環で作ったのが、全く知らない人と気軽にカフェでおしゃべりができる「CoffeeMeeting」というものです。社会人になると、自ら積極的に動かない限りプライベートな関係は持ちづらいのですが、「CoffeeMeeting」は、仕事以外でのつながりを生み出すサービスとなりました。個人で出したのですがたくさんの人からの反響がありました。この「CoffeeMeeting」を通じてとあるベンチャーキャピタリストの方にお会いすることができ、起業することを勧められ、株式会社レレレの設立に至りました。

ーー起業後は何をなさっていますか?

音楽サークルのライブでギターを弾くスミスさん。観客のいるライブに出演するほどの腕前だそう。

この起業をしたおかげで、オリジナリティを求めて0からサービスを生み出す、という自分の理想像に近づけました。これまでのサービスの開発は計画的にやっていたものではなく、あくまでも一つの趣味でしたが、あきらめずにつくり続けてきたことが良かったのだと思います。今思うと、会社以外での活動は、かなり大事ですね。今自分が採用をするときも、その人が個人でどのような活動をしていたののかを重要視しています。

「CoffeeMeeting」を通じて様々な人と出会う中で、あることに気が付きました。それは、スキルがあって面白いのになかなか注目されないような人が多いということです。これをきっかけに、今度は「TimeTicket」というサービスの運営を開始しました。これは自分の時間を30分単位でチケットとして販売するモデルで、自身のスキルを通してそれを必要とする人の役に立つことを後押しするプラットフォームです。その後、TimeTicketを会社ごと譲渡しましたが、結果的にはCoffeeMeetingよりもヒットしました。エンジニアやデザイナーの方も増え、利益も伸ばすことができました。

新しいことをまたやりたいという想いの中、新規事業を開発しようとしているエッグフォワードという会社と重なるものがあり、再度転職しました。そしてまた、サービスを0からつくることを再開しました。ですが、やはりサービスの立ち上げについてはコンスタントに年1回くらい出しておかないとダメだなということに気が付きました。サービスをつくり、世に出し、評価されるという中での「痛み」のようなものが感じられないのはよくありません。アイデアは、存在するだけではさしたる意味を持ちません。アイデアを自分で検証し、世に発信することがとても大事なのです。また、世の中に出してすぐに評価されるアイデアはほとんどなく、それをあきらめずに検証し続けられるかということがまた重要です。すぐにあきらめず、取り組み続けられるかどうかに、そのサービスに本気で向き合っているかがわかります。

今は、「バーチャルランチクラブ」というものを運営しています。これは「いつか一緒に仕事できるかもしれない人と、オンラインで15分だけ話してみよう」というコンセプトの下で生まれたもので、自分の興味のある業種の人など、将来の自分の可能性を広げてくれそうな人と、ランチ感覚でビデオ通話できるサービスです。「CoffeeMeeting」と少し内容が似ているのですが、コロナ禍ということもあり多くの人に使ってもらっています。また、今までのサービスは何かしらのオフラインの活動が含まれていましたが、これに関しては全てがオンラインで完結しています。始めてみると、こっちのほうが便利かもしれないと思いましたし、15分という短い時間にしたのも良かったかもしれません。

ーーこれまでの人生を振り返り、やってよかったことは何ですか?また、やっておけばよかったことは何ですか?

音楽サークルのライブでギターを弾くスミスさん。観客のいるライブに出演するほどの腕前だそう。

あまり自分の経験を人に押し付けるのはあまり好きじゃないですが、人前で話すことを意識してきたのは良かったと思います。最初はとても苦手でしたが、数をこなすことで少しずつ上達してきました。口頭でもテキストでも、自分のやりたいことを周りの目を気にしすぎず、勇気をもって人に伝える力はとても大切だと思いますよ。

やっておけばよかったのは、大学時代に周りの人たちと新しいことを始めることですかね。同世代の人とそういった活動ができるのは学生時代がおそらく最後です。そのような活動では人の同質性といったものが下がるので、偶然の面白さが生まれやすくなります。社会人になると各人のスキルや想いでつながることがどうしても多くなりますからね。

ーー今後はどのような人生にしていきたいですか。

やはり、サービス開発者であり続けたいですね。それをやっていないと、自分がやりたいことができていないということになります。サービスを0から作り世に発信する。これはとても骨の折れることですが、個人であれ、会社内であれ、これからも継続していきたいです。

ーー最後に、山本さんにとって人生とは?

何とも言えませんね、あまり考えたことがないので。ただ、その時点で自分が何をやりたいのかを考え、意思決定をする。この繰り返しだと思います。当たり前ですがそれぞれの決定で人生は変わっていくものですしね。育った環境やタイミングに左右される部分は大きいですし、厳しい状況にいる人もいるけれど、ある程度は自分でコントロールできる部分もあります。そしてその環境を少しでも自分で変えようと前向きに行動できる人が増えたらいいですね。

みなさんは、この記事を読んでどう感じましたか?

山本さんは、一度目の転職以後はずっとご自身でサービスの開発を続けてこられました。一見すると難しそうに見えることでも、面白そうと思ったのであれば取り組んでみないと後で後悔する、とのことです。そして自分のやりたいことを大事にしていくことが重要であるとおっしゃいます。