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ーーーー京都大学大学院の霊長類研究生が、なぜフリーターとなったのかーーーー

ゲストプロフィール

岡村弘樹(オカムラヒロキ)
熊本県熊本市出身。地元の公立小中高を経て、九州大学に進学。高校時代から野生動物の研究者を志しており、大学で猿の研究を行う。その後京都大学大学院の霊長類研究所に進学し、コンゴ民主共和国で10ヶ月間ボノボの研究を行っていた。卒業後はフリーターとして過ごしており、現在は無人島で砂防ダムを建設するアルバイトをしている。

ーー中学時代までを教えてください。

音楽サークルのライブでギターを弾くスミスさん。観客のいるライブに出演するほどの腕前だそう。

幼少期は、小柄でインドア、家でゴロゴロ過ごしているような子でした。あまりしゃべらない性格で、スポーツも得意というわけではありませんでしたが、1つ上の兄とキャッチボールをよくしていたのがきっかけで野球部に入り、その後中学時代はソフトテニスなどやっていました。

今考えると、部活を通して社会とのかかわりを勉強できた気がします。

元々動物が好きで、図鑑をよく見ていました。将来なりたい職業にも、ペットショップ店員とか、動物園の飼育員とかをよく答えていたほどです。

そんなある日、妹が新聞広告でケニアに野生動物を見に行くツアーの広告を見つけます。親にお願いし、僕も行けることになりました。それが初めての海外です。

ケニアの野生動物たちの迫力、そしてリアルな自然の摂理を目の当たりにしたときに、それまで漠然と動物に関係する仕事につきたいと思っていた状態から、野生動物を対象とした仕事をしたいと考えるようになりました。

ーー高校生活はどうでしたか。

音楽サークルのライブでギターを弾くスミスさん。観客のいるライブに出演するほどの腕前だそう。

大学院卒業後働いていた山小屋での写真です

高校は地元の進学校に進みましたが、勉強についていくのに必死でした。数学は1ケタ台の点とかとって怒られていましたね(笑)ただ、一方で生物と地理は好きで、学年1位をとることもあるほどでした。苦手を埋めるのではなく、得意な領域を伸ばすことに力を注いでいたんですよね。

大学は生物系の学科に行きたいと考えていました。中でもサルの研究者になりたいと、高校での進路面談で先生に話したことを覚えています。

なぜサルなのかというと、自分の足で追って自分の目で見る直接観察が最もしやすい動物であるからです。トラやライオンなどは危険ですし、小さな動物はすばしこかったりして追いきれないんですよね。あと、先進国の中で猿が生息しているのが日本だけということもあり、日本がサル研究においてかなり進んでいることも知っていました。サルの個体を捉えながら集団を見ていると、集団と個体が相互に影響を及ぼしあっている様子を知ることができます。それを通じ、人間の進化の歴史を解き明かせるのではないか!と考えていました。

なぜこれほどまでに野生動物の研究者になりたかったのかというと、ケニアでの経験のほかに、普段自分の大好きな野生動物に出会えないなと考えていたからです。皆さんは最後に野生動物に遭遇したのはいつでしょうか?人間社会で普通に生きていたら、野生動物がいても公園など人間が作った場所にいますよね。野生動物が、人間の手が一切入っていない場所で、自然に暮らしている状態を見たいと思ったんです。

あとは、父親がうつ病になり、社会と個人とのかかわりに疲れを感じている姿を目の当たりにした経験も大きいと思います。その姿は思春期の自分にとって衝撃で、人間の本来の姿って何なんだろう?と思わされずにはいられませんでした。

ーー大学時代はどうでしたか。

音楽サークルのライブでギターを弾くスミスさん。観客のいるライブに出演するほどの腕前だそう。

友人とレンタカーでアメリカを横断。日程はかなりタイトでしたが、アメリカの国としてのスケールの大きさを感じることができました。

サルの研究をしつつ、自然に入り込めるということでワンダーフォーゲル部に入って登山にはまったり、課外活動で夏は屋久島、冬は下北半島でニホンザルの調査に参加したりしていました。完全に、僕にとって大学は研究者になるための通過点でした。旅行はしていましたね。友達と車でアメリカ横断をしたり、一人で東海道五十三次をめぐったりしたのはいい思い出です。卒業論文では、シオカラトンボの縄張りについて書きました。

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ーー大学院での生活について教えてください。

音楽サークルのライブでギターを弾くスミスさん。観客のいるライブに出演するほどの腕前だそう。

コンゴ民主共和国というところに行って、ボノボという霊長類を10ヶ月研究していました。ボノボを含む大型類人猿には木の枝を折りたたんでベッドをつくる習性があるんです。その痕跡を追えば、ずっと追跡して観察できるということだったんですね。実際に、ボノボが起きる6時から、ベッドをつくる17時過ぎまでずっと観察をしていました。宿から遠かったので、4時起き、18時帰宅の毎日です。数えてみると10か月で2000時間以上観察していました。

Wi-Fiも、冷蔵庫もありませんでした。主食がキャッサバの根っこを芋団子にしたもので、野菜としてキャッサバの葉っぱを食べる日々。ちなみに、毛虫の素揚げはカニクリームコロッケのような感じでしたよ。

結果としては、研究時間がそれでも当たりずデータが十分に集まらず、あまり納得できた成果は出てきませんでした。10年あればできましたがもちろんそんなにお金が下りるはずもなく…。

業績を残しお金を下りさせるためにどんどん論文を出すようなスタイルは自分には合わず、研究のやり方によっては大学・大学院にいなくてもできるなと思い、博士課程には進まず修士課程を卒業しました。その後今はフリーターをやっています。

ーーフリーターとして、どのような日々を送っているのですか?

音楽サークルのライブでギターを弾くスミスさん。観客のいるライブに出演するほどの腕前だそう。

無人島では、植生回復のための砂防ダムを作っているそうです

卒業後はまず長野の山小屋で春から秋まで働いていましたね。冬は働かずに過ごして、その後夏の北海道でブロッコリーの収穫をお手伝いしたりしていました。今は国内の無人島で、野ヤギによって荒れてしまった土地を回復するために砂防ダムを作るアルバイトをしています。

フリーター、悪くないですよ。20代のうちはフリーターとしてやっていこうと思っています。短いスパンでいろいろな職業が経験できるので、いろいろな仕事、土地、人間に触れられます。自分次第で、働かない期間をつくれるのも魅力です。 

ーー学生生活を振り返ってみて、やっておけばよかったこと、やっておいてよかったことはありますか。

やってよかったこと、やっておけばよかったことの両方に共通するのですが、教授や准教授をはじめとした研究者の方達と関わる機会を大事にすることをお勧めします。研究者は多かれ少なかれ何らかの学問領域を追究して言語化するというプロセスを経験した人達です。本を出版している人も多いです。普通に生活していると、そういう人間に出会って話をするのは案外難しいです。大学では当たり前のように研究者がいるので、疑問などがあれば積極的に質問してみましょう!

僕が研究者を目指し、そのために大学へ進学することとなったモチベーションは単純に野生動物を観察したいということだけでした。京都大学大学院と言うと、他の人にとって目を引くものに見えるかもしれないですが、料理が得意な人、運動が得意な人のように、僕の場合は試験自体が少し得意だっただけだと思っています。

実際の自分を形成するのは何百日、何千時間の日々の生活なのに、自分の第一印象は数時間の試験で決まるということに、むしろ違和感のようなものを覚えていました。

ーー読者に何かアドバイスはありますか。

音楽サークルのライブでギターを弾くスミスさん。観客のいるライブに出演するほどの腕前だそう。

そもそも人生で何かがずっと続くことの方が少ないと思います。進路選択において、例えば大学だったら自分の進む学部や学科を決めることにはなりますが、就職先を選ぶ時などは、専攻していた学問等に縛られなくてもいいんじゃないでしょうか。もちろん、そのせいで道が険しくなることはあるでしょうけど…。

歳をとったり失敗したりすると選択の可能性が狭まるということは正しい部分はあるけど、それを言っているのは周りの人であって、その選択肢を取る本人自体はいつでもそれを選ぶことは可能だと思います。

ただし一生は有限、若い時の時間も限られています。有機物も無機物も同じ状態は保てず、変化していく。誰であろうと20代の10年は4000日にも満たず同じで、意外と短いです。その中でできることとして以下にカードを切っていくか、ということは僕は常に考えていますね。

ーー今後の進路はどうされますか、そしてどういう人生にしたいですか。

先ほども言ったように、20代のうちはフリーターでやっていきます。今はゴミの収集員に興味がありますね。色々世に出たものが、最後行きつく場所って面白そうだと感じています。

人生は、自分のペースで生きていきたいです。それが実現できるような仕事につきたいです。自分のペースを見つけるには、他の人と接していて違和感がある部分を見つめることが役に立つかなと思います。

自分一人になってみるということも意識的にやっていました。

ーーこれまでの人生で影響を受けた本、人物について教えてください。

色々ありますが、霊長類研究の第一人者である今西錦司さんの本と答えておきます。

ーー最後に、岡村さんにとって「大学」とは?

一つの通り道のつもりでした。

サルの研究者になるという目的が違ったら、大学に行っていなかった可能性は大いにありますね。

音楽サークルのライブでギターを弾くスミスさん。観客のいるライブに出演するほどの腕前だそう。

オンラインでインタビューを受けていただきました!

この記事を読んで、みなさんはどう感じましたか。

幼少期から野生動物、そしてサルの研究者になるということをひたすら目的として掲げていた岡村さんはその夢をかなえ、研究に明け暮れました。大学進学はあくまでその過程であり、通り道のようなものだったと言います。その後フリーターとなり、様々な仕事を経験されているという今の暮らしぶりも印象的です。